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不倫を正当化する主張 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
古代日本においては、一夫多妻制の上に招婿婚(妻問婚)という社会制度のため、夫が妻(正室)の家へといつもいる訳ではないこともあり、夫が他の女性の家へと行っている時には別の男性が来る事も普通にあったらしく、また男性が恋人の女性の家へと行くと、すでに他の男性が来ていたということもあった(「古今和歌集」に収録されている歌にも、多くその時に歌われたと思われるものがある)。ただし、その夫や恋人がそのことに対して声高に訴えたり、ましてや公にする事は、面子もあって滅多に無かったようだ。 平安時代では、やはり男は多くの女の元へ通うのが常識であり、一人の女性しか愛さない男は真面目人間として軽く見られた。しかし人の妻を奪うことは非常識とされ、世間の非難を浴びた。 近世(江戸時代)以前には、婚姻者以外との性交渉は珍しいことではなく、近代に入っても戦前では特に農村などではその風潮が一部に残っていた。女性の姦通が破廉恥な行為だとする常識が定着したのは、刑法で姦通罪が定められてからのようである。 近代に入ってから近年までの間は、「浮気は男の甲斐性」などと男の不倫に限り、容認する風潮が長く続いていた。当時男性が愛人を持つことは容認されても女性が浮気をすることは容認されないとされており、女性の不倫は1947年までは姦通罪という罪に問われた(現在の法律では刑事的責任を問われることはない)。 近年になってからは、恋愛感情と結婚生活を一体のものと考えるロマンチック・ラブの思想が男女双方に受け入れられ、不倫を罪悪であると考える者は男女問わず多い。しかし、現在の日本では、中年の富裕な男性とそれより年下の独身女性による不倫はよく見られる。また、既婚者同士の不倫も広がりを見せている。
肯定論:女
「恋愛と結婚は別物」とする割り切った考え方も一部の女性には根強く、富裕な女性を中心に「結婚とは別に恋愛をしたい」という女性も存在している。「女性の不倫は男性の不倫とは違い、純愛であり美しいもの」とする、既婚女性の不倫を擁護する意見が一部の女性の間に存在する。このような一部の女性は、既婚女性の不倫を「婚外恋愛」と称して、既婚男性の不倫と区別することが多いが、論理的・倫理的な正当性はまったくない。 そもそも不倫を正当化している女性(未婚、既婚にかかわらず)が既婚男性の不倫の相手方となった場合では、男性の不倫とは違って純愛だとする主張が矛盾してしまい破綻する。 よくある言葉に「好きになってしまったものは仕方がない」や「たまたま好きになった相手が既婚だっただけ」と打算のない愛を強調する釈明がある。この観点には、相手のパートナーと子どもへ対しストレスや心的外傷を与える可能性、さらに自身が子どもを授かった際のそれ、裁判で係争になった場合のそれ、などなど多く他人を巻き込んだ重い負担に関する未来像についての考察が欠落しており、社会性を持たない。
肯定論:男
過去の歴史背景を根拠に、また哺乳類の雄であることを根拠に「男とは元来そういうものだ」とする主張が一般的である。 「不倫は男の甲斐性」と、過去でのみ意味があった歴史背景を現代へ適用しようとしたり、「雄は多くの種を撒き散らす本能がある」という人間社会で暮している現実を度外視した主張(人間の性的活動が意志で制御、解消できることを無視)、「たまたま好きになった相手が既婚だっただけ」「好きになってしまったものは仕方がない」という一部の女性同様の見解もあるが、これらは社会性を持っていない。 近年では、男性の不倫を強く非難する意見がマスコミや女性文化人などから多く出されるためか、男性の不倫に肯定的な意見を公の場で述べることを忌避する者が多い。[要出典]
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